✍️183 終わり、始まり

こんばんは

HREdayamです。

 

”終わり”というのは、
思っているより静かに来ます。

いつもそうです。
そーっとやってきます。


”終わり”とは解散とか終焉とか、
ネガティブなことだけでなく、

例えば、
出店前にとても緊張していたマーケットや、
楽しみにしていた好きなバンドのライブとか、
そういったものも。

何故だかそのときは、"おわり"を
『記号』であるように感じしてしまっていて、


気付いたときには、
もうすっかり終わってしまっていることがあります
遅い時には翌日だったり、
翌週だったり。

 

”終わり”を認識することを知覚しなければならない。

 


例えば、とても気に入っていて、よく着ていた服。


ある日を境に、
急に着なくなるわけではないのですが、

なんとなく手に取らなくなって、
なんとなくラックの後ろの方にいっていて、
気づけば、そこに掛かっているだけのものになってしまいます。


それも、一種の”終わり”だと思います。

物質としてはなくなっていませんが、
遜色しているという意味では、

 

ただ、それはまた始まられることが出来る。
でも、再び始まったそれは以前までのものとは違うと思ってます。


その終わりも始まりも、
静かすぎて見逃しやすいのですが、
その静かさの中には、
きちんとした変化があります。

 

そして、
リメイク”とは、
ある種そんな終わってしまっているモノたちに、
少しだけ手を加えて、
少しだけ意味を変えて
新しい息吹を与えること。


完全に同じものではなく、
別のかたちで続いていく。


終わりというのは、消えることではなくて、
次に渡るための、静かな区切りなのかも知れないし、
気付かないうちに来るくらいが、ちょうどいいのかも知れない。


少し寂しいけれど、それくらいが自然だと思います。
だからたぶん、
終わりはそんなに悪いものでもない。


そして、
終わりの先にある始まりを見つける為の
リメイクやペイントを施すのも悪くはない。

 

HREdayam

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