こんばんは。
HREdayamです。
人生は(或いは、未来は)
全て決まっているという考え方と、
選択肢によって選ばれる分岐点により変わってゆくという考え方があります。
それぞれ、
この世の全ての事象は決まっている"決定論"
「宇宙のすべての出来事には原因があり、未来も過去の時点で決定されている。」
自由意志のもとに人生を進めていく”実存主義”
「人間に決められた運命はない。選択し続けることで、自分自身を作っていく。」
と呼ばれています。
僕はどちらかというと”実存主義”的な考え方が好きなのです。
決定論を否定している訳ではありませんが、
「目の前にある選択肢に意味がある」
と考えて生きることが好きです。

目の前にAとBという分岐点があって、
Bを選んで歩いていってその先に
人喰いモンスターがいたとしても
「あーあの時Aを選べばよかったー」
ってほんの少し思うだけで良いんです。
「どちらを選んでも一緒だしいいや」
と思うよりずっと楽しい気がします。
選択肢を真剣に選ぶことが出来るように思います。
そして、少し話は変わりますが、
僕は人との”縁”というものを信じています。
そして、とても大切にしています。
ここ数年で新しく出会った方と
とても仲良くさせて頂いたり、
もう会うこともないと思っていた方と
再会出来たりと。

そして、それらは、
”奇跡的”に起きた事象というよりは、
そこに辿り着くまで、
きちんとした手順を踏んで選択肢を選んできたという証
だった気がしてなりません。
数年前には出会わなかった人。
(出会う予定ではなかったかも知れないとすら思います。)
もう再会することもなかった人もいるかも知れません、
その中で、
出会うべくして出会った(再会した)という考え方
は同じでも、
それが元々決まっていた(運命)と考えるよりも、
お互いが選択を繰り返して出会った(非運命)として
考える方が日々に意味があって選択することが楽しくなるような気がしてます!
つまり必然ではなく偶然の先にあるような。
殆ど奇跡的な!

つまり未来というのは、
突然どこかに現れたり、
今歩いている先に、ドーンと聳えて(そびえて)いるものじゃなくて、
こういう小さな縁の積み重ねの先に、
静かに出来上がっていくものだと思うのです。
そして、さらに、その中で、
その方と仲良くさせて頂けるのは、
限られた偶然の積み重なりの先の先にある、
画鋲で刺したほんの小さな穴の大きさのような奇跡。
そんな方々のお陰で、
毎日を本当に楽しく過ごせています。
そして、
次の選択肢、分岐点の先にある
次に出掛けた街で出会える人を、人々を、
「どんな人なのだろう」
とドキドキしながら楽しみに生きていきたいと思います!

まさか全員、自分なのかも知れない!
おそろしい!
HREdayam