こんばんは。
本日はアレンジアイテムに関して。その中でも、ペイントアレンジに関しまして。
前にも少し書きましたが、洋服にアレンジすることについて、こんなことを考えています。というお話を。
洋服は物質である以上、殆ど必ず破れてしまいます。
これはリペアするしかありません。でも、その破れをそのまま着ても美しいという時代でもあるので
そういう解釈が、サスティナブルとは関係ない方向性でも成り立ってきているのは、とても麗しいことですね。
破れという、偶発的な事象に美を感じます。
古着でなくても、生地の性質上とても繊細だったりしてとか、生地の限界に達してとか、動いた何かのはずみにとか、洋服が縮んだり身体が大きくなったなどで、洋服を圧迫したなど…色んな理由があるでしょうが。
破れ方って、その人がその洋服を選んで、そういう着方をしなかったら起きなかった偶然の上にあるものだと思うので。
でも、見えてはいけない箇所の破れは直すしかないので直して着用したいです。それは#6リペアについてで書いてみました。
今日も本題からややズレてしまいましたが、
では、破れではなく、
気に入っていた洋服に、致命的な汚れなどが付いてシミになってしまったら、どうするか。
シャツなどの生地でしたら、その上から別の生地で覆うことも出来ますし、Tシャツなどは、シミより穴の方が美しいと感じたら、そこだけ破り取るなんてことも可能です。(強い気持ちで破ることが出来れば、の話ですが。)
シミや小さい穴を塞ぐのに、ワッペンやアップリケが出来たとも言われていますので、それも良いです。シミ以上に付けまくっても良いです。ワッペンだけを着用してても良いです。いっそのこと。
また、除去出来る汚れなら取り除いてしまえばいいです。
しかしそれが不可能ならば、汚れを含む部分をペイントをしてみてはどうか。
これは、恐らく昔から行われており、70年代頃のペイントされたシャツやボトムス、もう少し前のバイカーやヒッピーの人々のレザージャケットなんかにも描かれていたりします。
ところで、
最近、瞑想とは元々「馴染ませる」という意味の言葉から来ていると聞きました。心に、徳や、ポジティブさ、善き思考…を馴染ませてゆく。浸透させてゆく。ことだと。
話を一気に元に戻ししますが、洋服に付いてしまった汚れを含めた何かを、馴染ませれば良いのではないか、と。
- 無地のデザインで物足りないけど何かここに描いてあれば!
- 汚れてしまって着なくなったから、どうにかしたい。
- お気に入りの洋服で、気に入ってた、けど着飽きた、けど手放したくない。
汚れてしまったから手放すとか、購入を迷うというのがなくなれば、もっと色んな洋服を着られる、選べる、選択肢が増えるのかな、なんて。
最近は、自分なりの解釈で曼荼羅を描いています。洋服に。
サンスクリット語で「丸いもの」や「中心・真髄」を表す曼荼羅。
ここまで綺麗にシンメトリーには描けませんが。見ているだけで、心が穏やかになる。描くのも同じです。(しかし、宗教家ではないです。)
こんな感じで。
でも、それ以外にも
森羅万象、大切なこと…
そして、幾何学模様や、ポップなアイコンや、詩や、猫や、お刺身や、
好きなもの、胸躍るものを描いてゆきます。また、その洋服に合わせたタッチや、合わせないモチーフや、それを考えたら楽しくなりませんか??
あ、やっぱりお刺身は描きません。
ホームページのアレンジカスタムの商品ページや、Instagram、イベント出店の際に持っていくものなど、どこかに載せてゆきますので、機会がございましたら見て頂ければと思います。
機会がありませんでしたら、描いているだろうな、というところを想像して頂くだけで充分です。
そんな感じのお洋服を持って、
11/21(月曜) は、
八事の興正寺で行われている縁日のマルシェに出店させて頂きます。
10:00〜15:00です。
面白いものだけ持っていこう。
面白い人と。
お時間ありましたら是非。
HREdayam,Love.
2件のコメント
遊牧民族的思想な気分な人さん
素敵なコメントをありがとうございます。
自分自身を面白がれる、それです!ほんと。
自分を面白がれる、信用しているからこそ、
楽しめる。自分が取った行動すらも。
来年、自分が何をやって、何を考えているか想像も付かないなんて最高です!
自動作用(オートマティスム)、無意識の意識。
それが人生において重要な、必要なものごとの一つだと思っています。
あと旬の魚をたべること。
面白い人
それは 自分が面白いと思っている人では無く
自分自身に面白がって
人目を気にせず
少しだけ 気を使い
よく笑う人と
最近 旅路の中で気付きました。
よく笑う人は
つられて笑ってしまう
釣られて刺身に さてれしまう。
面白い人は 俺も大好きです。
それが 悪人でも