みなさまこんにちは。
HREdayamです。オオハラです。
今日はフリダヤムのコンセプトを書かせて下さい。
前回、テンポ良くいくとは言いましたが、もし文章が長くなったら、途中で仮眠とりながら読んで下さい。
前述したような意味で始まった「フリダヤム」ですが、
サンスクリット語での正確な表記はHridayamです。
それを何故、iをeにしたかというところから始まります。eにすることで、H"RE"DAYAM になります。
"RE"、
昨今、世の中で叫ばれている「サスティナブル」
量産されてゆく洋服たち、現存している人間の数より、更に多く作られています。
そして、ファストファッション。でもそれはそれで、ファッションの観点からすると、
"時代に合った一つの現象"
としては、すごい事なんですよね!なので、それを真っ向否定したい訳ではないです。
ただ、その陰で、
量産されたけど販売されなかったり、着なくなったり、要らなくなったり。
…そしてそれらが廃棄されてゆく、とてつもない量と金額。(廃棄にかかる金額があらゆるジャンルの中で、洋服が2位という現実!)
そんな中で、何巡もするトレンド。
それらを踏まえて、今、出来ることは何か。
☟1.2.3
"昔の洋服を、現代で着る提案をしよう"
(これは、そう思っているお店屋さんもあると思いますが )
"それらのデザインに価値を見出そう"
ここでポイントとなってくるのが、
"リ"サイクル=再生利用
"リ"デュース=ごみの発生抑制
"リ"ユース=再使用
→3R(地球規模で行われている取り組み)
この"RE"です。
「フリダヤム=心」を再生にもっていこう。
古いモノへの、新しいこころを見出してもらいたい。
そして、"リ"サイクルを超えた"アップ"サイクルへ、更なる付加価値を見出したい。
という衝動。
希少性だけが古着(ヴィンテージ)の価値と魅力じゃない。と考えているので、洋服自体の"デザイン"、そしてそれを"スタイリング"すること。
「古着を着ること」を、意識的に行うんじゃなくて、ただ、古いものも美しいから着てみよう、で良いと思うのです。なんとなく、かっこいいな、とか。
そんなに好きなデザインじゃないけど、エコロジーの為に着ようでは良くない。そういう事では決してない。
ただ着たいものが、古着だったということで良いんです。(そもそもこの"古着"という言い方も、抵抗が出てしまう方が増える要因になってしまう原因なのかな、と思いますが…)
それを伝えられれば良いな、と思い立った訳です。「古くても美しい」でも、「古いから美しい」でも良いので、その美しさの魅力を伝えられたらな、という事です。
でも、昔のデザインですので、その中には「ここがこうなっていたら、今もっと着やすいのに」とか、「ここにワンポイントあったらいいのに」とか、「古いものだから、穴が開いてるから塞がってたら着たいのに」とか…(特に着丈とか、肩パットとか!)
それもやっていこう。アレンジとして。
でも、そこには三方向(洋服と、販売する人=フリダヤムと、着る人)の心がないと成立しなくて、その"心"のもって行き方、そこに重点を置こうと。と。その架け橋になるべく、のフリダヤムです。
ゆっくりと進めてゆきます。一着の洋服を愛することから始めましょう。末永くお付き合い宜しくお願い致します。
結局長くなりました。仮眠はきちんと取りましたか?でもフリダヤムとはそういう事でした。
寝落ちしながらも読んで下さった皆様、ありがとうございました。
HREdayam,PEACE